ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part6(最終回)

前回↓

 

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くら寿司へ

トラブルもありつつスカイツリーを下り、昼食ということで向かった先はスカイツリーの目の前にあるくら寿司でした。

私がくら寿司が大好きというのはもう競馬勝ったりするたびにくら寿司へ訪れていたりでこの時は2週間に1回ぐらいの頻度でくら寿司行ってたぐらいの感覚だったのでこいつどんだけくら寿司好きなんだよみたいな目で見られても仕方ないなと思うし、スカイツリー周辺で美味い飯いくらでもあるだろって思うかもしれないんですけれど、私がここのくら寿司に来たのはこのくら寿司がグローバル旗艦店というただのくら寿司じゃないからなんです。

要は普通のくら寿司より豪華な内装のくら寿司ということで、インバウンド客を意識したような和風な店内は、回転寿司屋のイメージとは違う本格派な趣があり居心地の良さを感じました。

そして店内だけでなくおなじみビッくらポンもゴージャスな仕様になっています。

このビッくらポンは通常のもの以上に様々なギミックが施されており、当たった際に遊べるんですが、今回は残念ながら当たりませんでした。

なので実際に動いてる公式動画をこちらに置いておきます。

youtu.be

その他にも押上店にはビッくらギョというデジタル射的も楽しめるそうで、こちらもビッくらポンに当選しないと遊べません。

ポケセンスカイツリー

昼食を食べたら再びソラマチ方面へ戻り、スカイツリータウンへ。

スカイツリーを上ったということではじまりの地を訪れるということで(スカイツリータウンは)これで3回目ぐらいになるんですけれどいつ見てもスカイツリーのレックウザはいいですよねー。

そしてこの時はポケモン30周年のイベントとして「あう」をテーマにポケモンとの出会いや思い出を語るイベントが行われており、そこでポケセン店員と話しステッカーを入手したりしながらシンオウがテーマのグッズを買ったりしました。

はじめてのポケセンというだけあって思い出の地へポケモンと一緒に訪れたという意味でも有意義なイベントだったように思えます。

余談になりますが、ちょうどこの日はパシフィコ横浜にてPJCS*1が開催され、WCS最後の出場権をかけた戦いが繰り広げられていました・・・

どうせこんなブログ、誰も読んでないから言うんですけど、今年はなぜかサンフランシスコで頑張る日本人を応援してやりたいと思うんですよね。

その他

その後は前日ポップンのグッズを買ったこともあってか、前回ちょうどエッホエッホが流行りだしたぐらいに聴いていた「ふしぎなくすり」の歌詞にも登場する竹下通りでポールダンスの竹下通りを訪れてなかったので原宿寄って写真撮ったり

池袋で遊んだりしつつ秋葉原のキュアメイドカフェで涼んだりしていました。

そして東京へ戻り、東京駅のキャラクターストアにてドラゴンボールの専門店ができていることを知りポケモンストアに寄るついでにチラ見して帰りました。

まとめ

今回は10年を振り返ることをテーマに新海誠の聖地巡礼に重きを置いて旅をしていたわけなのですが、改めて様々な思い出やはじまりの記憶に触れることができ、非常に感慨深い2日間になりました。

トラブルはありつつもスカイツリーをまた昇ったことや欲しかったポップンのグッズが買えたりパンケーキ食べたりと悔いのない旅になったのではないでしょうか。

あとはPJCSってこと知ってたらワンチャン横浜行っても良かったかな~って思いましたね。普通に観覧するだけでも楽しいって聞いたし。

まあ2日間本当に楽しい日々でした。

そして9月のシルバーウィークには予告した通り瓢湖と加茂山公園へ向かうのでまだまだ夏は終わらないです。

瓢湖は初めて訪れるのでどんなところなのかすごい楽しみですし、シルバーウィークには誕生日と万紫千紅の発売もあるので1か月先の話ですがワクワクが止まらないですね。

 

TO BE CONTINUED TO EXTRA STAGE...(EXTRA STAGEへ続く)

*1:PJCS:ポケモンジャパンチャンピオンシップス。世界大会出場をかけた国内大会でポケモンGO・ポケモンユナイト・ゲーム(ポケモンチャンピオンズ)・ポケモンカードゲームの4部門の国内大会が行われた。

津久井やまゆり園殺傷事件から10年

今からちょうど10年前の2016年7月26日。

神奈川県相模原市にある障害者福祉施設「津久井やまゆり園」にて

入所者19人が刺殺、職員含めた他26名が重軽傷を負う殺人事件が発生しました。

この事件の犯人はやまゆり園の元職員一人による犯行であり、当時の殺人事件としては平成いや戦後史上最悪の死者数を誇る殺人事件となった。

 

どうも。こんにちは。piraと申します。

今回は津久井やまゆり園殺傷事件から今日でちょうど10年ということで書いているわけなんですけれど

はじめに皆さんもうこの事件の事って忘れてますよね?

あの事件が発生してから毎年この時期になると「風化させてはいけない」みたいに考えていたのを今でも思い返すわけなのですが

10年経った今、19人も亡くなったこの事件について深く語られることは少なくなり私自身もう心からだんだん消えてなくなりつつあると感じています。

そして10年経った今SNS上においては死刑囚が残した思想に近い考えを支持する人が増えつつあると実感しており。

もはや昔の出来事のように語られてしまっている実情があります。

事件発生当時の心境

ただ、私ももうこの事件について忘れているのに何故今書こうと思うのか。

ぴらなつの最終回をサボってないで書いた方が良いんじゃないかと言われるかもしれないんですけれど。

事件が起きた当時自分の中で少し心が揺れ動いていたことだけは事実としてあり、それについてここでお話ししたいと思い私ごときがやまゆり園の事件を語っていいのかと思われるかもしれませんが一障害者の当時の心境についてどうしても語りたいと思ったわけです。

まず事件が発生した10年前、私は就職活動をしていました。

しかし、当時は内定が1つも貰えず

夏になり非常に焦り涙を流すことも多々ありました。

そしてこの当時私は2つの選択肢を考えていました。

一つは夏までに一般企業の内定を貰う。

8月まで(実質残り1ヶ月以内)にもしも内定を貰った場合その企業にアスペルガー症候群*1を隠し就職するということ。

もう一つが障害者手帳を入手し障害者雇用で働くということでした。

当時の私としては前者を圧倒的に優先していました。

実際当時の私は自分が障害者として生きていくことなんてイメージすらしていなかったし、自分がアスペルガー症候群であるということを公表すること自体が恥だと思っていたし、当時は「アスペ」とか「ガイジ」とか「池沼」とか障害者を差別するようなネットスラングが当たり前のように蔓延っていたしそんな中で障害者だと言うことには怖さしかなかったです。

そして障害者雇用で働くとなった場合、当時の友達からものすごく馬鹿にされるんじゃないかなとも思っていました。

障害者であるが故に子ども扱いとか下に見られるような扱いをされた経験があるからです。なりたくて障害者になったわけじゃないのに。

それ故に障害者という身でありながらも自分は障害者として見られることについて強く拒絶していたわけです。

そんな中でやまゆり園の事件が起こった時、私はX(旧Twitter)にて複雑な心境を語ったのを覚えています。

「障害者にはもうどこにも居場所はないのか」と感じ、ますます自分が障害者であることが嫌になったわけです。

そして世間から障害者って良いように思われていないんじゃないかとも感じました。

それから約1か月後に「感動ポルノ」って言葉が流行るきっかけになったクソ番組が放送されるわけなんですけれど、障害者に対して障害を乗り越えながらも努力しなきゃ価値は無いんじゃねえかと考えてる人ばかりなのか。逆にそうじゃない人は生きていくのがただただ辛いだけなんじゃないか。同じ人間なのに障害者というだけでなんだか下に見られ続けなきゃいけないのかとも感じました。

そして8月末に私は一般企業の内定を貰い入社。そしてそれから約1年後に会社を辞めることになりました。

辞めた時、これから自分はどう生きていったらいいのか分かりませんでした。

障害者として生きていく自分が想像できなかったし、一生下に見られ続けながら生きていくしかないのかとかガイジだと後ろ指指されるのが怖くて公表したくもありませんでした。

当時は今ほど発達障害の理解も無いし精神障害者とか知的障害者とかに対していい印象なんてほとんどなかったようにも感じました。

実際今でも自分は障害について100%受容できているかと言われるとそうでは無かったりします。

植松思想について

そんな中、この事件において元職員である植松聖死刑囚の残した「意思疎通ができない重度障害者は社会に不要で、障害者は不幸しか生まない」という思想が波紋を残しました。

これは植松氏が職員として生活していくにつれて彼らに生きている意味なんてあるのだろうかとか障害者の支援をすることに対して我慢の限界みたいなものを感じつつあって「何故そこまでして生きているのか」を深く考えていくにつれて職員生活から段々とそうした思想になっていったんじゃないかなと感じます。

そして何よりこの植松氏の思想に共感できると感じる人が近年増えてきていると私は思っていて、実際少し前に福祉施設に職業体験に行った人なんかが「植松思想に共感できる」とツイートして話題になっていたりもしました。福祉の現場にて関われば関わるほど自分も辛くなる。彼らを支え続けることに何の意味があるのかと考えた挙句の答えが「重度障害者は死んだ方が楽になれるのでは?」ということなのでしょうか。

さいごに

最後になりますが、やまゆり園の事件から10年経って平成から令和になり多様性社会が謳われるようになったおかげで障害者として生きることに世間はやや寛容的になってきたような印象はあります。

しかし、この事件が風化しつつある今またどこかで似たような事件が起こる可能性はゼロではないと思います。

今でも福祉施設においては暴行とかが決して無いわけではないし、知的障害者や発達障害者というものが下に見られているような物言いをされることもありますし。

そういったものを見るたびに「24時間テレビに出ないような努力しない障害者は不幸な存在」だと思われてるんじゃないかと感じたりもしたりします。

そして何より障害者はなんで障害者ってだけで酷く言われたり、生きることに生産性だのなんだの意味や価値を見出さなきゃいけないのかとも思ったりします。

同じ人間なのに価値が無いなら生きてちゃダメって言うのなら植松思想にやや近い思いを誰しもが持っているんじゃないかと考えても仕方がありません。

ちょうどこれを書く前にNHKの「toi-toi」にてやまゆり園の事件について語っていたのでテレビほとんど見なくなって久しい私も見ていたわけなのですが、生きることに意味を求めたり障害者のようにカテゴライズで人を見られてああだのこうだの価値が無いから生きてちゃいけないって決めつけるのは良くないよねとも思いました。

改めてあれから10年が経ち自分もこの事件よりかは京都アニメーションの放火事件*2の方が話題性強いよなーとか思ったりもしていますけれども

改めて障害者施設の元職員が知的障害者19人を殺害したという事実自体は障害者差別を考える上で真剣に見つめ直した方がいいのではないかと思っています。

余談

さて、ここで一つ余談を話させていただくと

本日「みいちゃんと山田さん」のアニメ化が発表されました。

正直まじかって感想ですし多分見ないと思うんですけど、SNS上では重度障害者への風当たりがますます悪くなるんじゃないかなーという印象はあります。

ただでさえみいちゃんが障害者を揶揄するような描かれ方をされていたり、バリバラのようにああいったリアルな障害者像が共感を生みがちみたいなところもあってそれで分かったつもりにされるのも嫌だなと思うので。

そして何より本当に偶然なのかもしれないんですけれど発表した側は今日が何の日かを分かっていないんじゃないかとも思いました。

私もやまゆり園の事件のことなんて忘れてはいるんですけれど作者も少しはやまゆり園のことについて考えたって良いんじゃないかなとも思いました。(言える口じゃないけど。)

そんなわけで障害者への風当たりが悪くなることだけは勘弁したいってところで終わりにします。

 

*1:現在ではASD(自閉スペクトラム症)と表記するが、当時の診断名で書かせていただきます。

*2:京都アニメーション放火事件:2019年に発生した36名の死者数を誇る放火事件。

ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part5

前回↓

 

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前回のあらすじ

夜の都庁でプロジェクションマッピングを眺めつつ、piraはこの十年の間の様々な思いを静かに振り返り、悦に浸っていた。

その後酒を飲み、一日目を終えある程度の旅の目的を果たしたこともあり

piraは初めて東京を訪れた時を振り返り、再び思い出の地を辿るのであった。

2日目

2日目が始まり、まずは朝マックを食べに向かったら7時開店なのに6時に出てしまったせいで入れずドンキでウロウロしていました。

その時はまあ暇をつぶすという名目で観光客向けの高い刀とか色々見たり朝っぱらからアダルトグッズ売り場に行ったりととにかく自由奔放に時間を潰しまくり、マックへ。

この日は人生で初めてマックグリドルを食べました。あれ、朝に食うにしてはバンズがクッソ甘ったるいですよね。

そしてその後は10時ぐらいまで散歩ということで田端駅へ向かいました。

田端駅の坂といえば天気の子のラストシーンに登場することで印象的で、確かコロナ前に最後に行った際に行った時以来に訪れた気がします。

当時の記憶は須賀神社以上に印象に残っており、「山手線の駅にしては地味」という印象が残っていたことや坂からは電車が良く見えるというのが印象深かったです。

そして坂には紫陽花が多く咲いており、非常に見頃でした。

そして坂を上り周辺を見回し、特に何も見るところは無いかなということで田端駅から離れることにしました。

なお、余談ではありますがこの日はサマーゲームフェスというゲームのイベントが海外であり、そこでFF7のリメイク3作目にあたるFF7リベレーションが来年春にマルチプラットフォームで同時発売されることが発表されたりするなどして「そろそろFF7リメイクやらないとな」とか思ったりしました。

そして田端駅から私ははじまりの地へ向かうのでした。

押上駅

田端駅から向かった先は押上。

そう我々が次に向かったのは東京スカイツリー。私が初めて東京に訪れた時に来た場所です。

スカイツリー周辺には実はコロナ後にお台場のユニコーンガンダムを見に行った時にも来ているのですがこの時はスカイツリーを上ってはいなかったので、目的があってスカイツリーやソラマチに来るのは2回目ですね。

そんなわけでこれからスカイツリーを登っていくわけなんですけれどその前にセブンイレブンに用事がありました。

地味でワクワクしない退屈な飲み物

実はこの日からONICHAの再販がはじまり、地味でワクワクしない退屈な飲み物を手に入れようと近くのセブンイレブンを回っていました。

1軒目のセブンでは店員に何度聞いても置くかどうか分からないと言われ、2軒目にしてようやく手に入れました。

しかし、今になってONICHAは以前よりかは入手しやすくなっているのを感じますね。(地味でワクワクしない退屈な飲み物だからなのか。)

スカイツリーへ

さて、ONICHAを手に入れたらいよいよスカイツリーを上っていくのですが、その前に荷物をコインロッカーに入れる際、必要なものまで入れてしまって2回もコインロッカー代を払ってしまいました。

そしてコインロッカーに預けいざスカイツリーに上ろうとしたとき、私はロッカーを解除するQRコードの書いてある紙を失くしてしまいました。

上る前に気づき周辺を歩き回り、紙が落ちていることに気づき、整合性をチェックしたうえで自分のものだと思いつつ内心コインロッカーの心配をしながら上っていきました。

スカイツリーの展望台に上り、自分は富士山を頑張って探していたのですが見つからず、東京ドームとうんこみたいなシンボルのアサヒビールを見つけただけでした。

そして天望回廊へと上がるとこの時はブルーロックとコラボしていました。

自分はあまりブルーロックの事はよく分からないのですが、ちょうどワールドカップが始まる前だったということもあってブルーロックとコラボしていたのだと思います。

ちなみにブルーロックの次はちいかわとコラボだそうでなんだかもったいないなーと思ったりもしました。

そして天望回廊を降りてガラス床を通り、コインロッカーへ戻って荷物の無事を確認して土産物売り場に行きました。

土産物を眺めつつ初めて行った際にお土産として買ったものが今でもあるなーと思いつつスカイツリーの黒糖饅頭が売っているのを見て「ガチであるのかよ」と思ったりしました。

そんなわけでトラブルはありつつもなんとかスカイツリーを後にし昼食へと向かいました。

次回のpart6で最終回です。

ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part4

前回↓

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前回のあらすじ

聖地巡礼を終え、7年越しに都内にて初めてパンケーキを食らい

part1で買えなかったポップングッズを買いに秋葉原ゲーマーズへと向かった。

欲しかったグッズを入手した後で、シルクハット秋葉原で音ゲーをし

piraは一日目の夜を迎える・・・

伝説のすた丼屋

そんなわけで夕食を食べに新宿へと戻ってきたわけなのですが、相変わらず今回もすた丼を食べました。

ハースストーンにのめり込んでいた10年ぐらい前に伝説のすた丼屋に通い詰めていたという話はもう何度かしているのであれなのですが、ハースストーンに復帰してからすた丼食べたのは多分これがはじめてだったと思いますね。

そんなわけで肉増しのすた丼を食った後軽くハースストーンをしました。(確かこの日トークンドルイド使ってたかな。負けたけど。)

今後も都内のすた丼屋ですた丼を食べる際には異常男性ハースストーンをやっているかもしれません。

余談ではあるのですが、いい加減新潟に伝説のすた丼を作ってください。バーガーキングができただけでは物足りないんですよ。俺たちに必要なのはすた丼なんですよ。油そばもいいけれど、やっぱすた丼が無い新潟は地味でワクワクしないんですよ。

東京都庁

そしてすた丼を食べてからは東京都庁へと向かいました。

新宿へは何度か行ってはいるのですが、実は都庁に行くのはこれが初めてなんですよね。

7年前の新宿攻略の際に行こうかなとも思ったのですが、その時は場所が分からなくて迷子になっていたので行かなかったんですよね。

そんなわけで夜の都庁に着いて私はプロジェクションマッピングを見ることにしました。

今回はパックマンと残響散歌を中心に見ることにしました。

この頃土日にポケモンカードの30周年を記念したプロジェクションマッピングもやっていたそうなのですがこの日は平日ということで見れませんでした。

そしてプロジェクションマッピングが始まるまでの間、自分はこの10年間の事を一人静かに振り返っていました。

思い返せば10年前、自分はこうして東京に1人でいるなんて想像さえしなかっただろうし、ましてや一人で生活をしているだなんて考えもしなかった。

そういったことを静かな夜に1人考えているだけで思わず涙が止まらなくなってしまっていました。

そして今回の旅も含め、この2026年というのは自分にとって印象深い一年だと考えるようになりました。

EXBAR TOKYO plus

そんな悦に浸りつつ次に向かったのはずっと行きたかった「EXBAR TOKYO plus」へと向かいました。

ここはゲームセンターであるタイトーステーションに併設されたバー施設ということで酒が飲めるゲーセンというイメージを持ち、酒飲みながらⅡDXしたいぐらいのつもりで店に入りました。

店内に入る前にKKM**1さんのTシャツを眺め、入店すると個人的に金曜の夜だからか外国人の利用者が多いような印象を感じました。

店内はゲームセンターというよりはバー店舗の色合いが強く、今回私はEXビールを飲みました。

このオリジナルクラフトビールはビールなのにエナジードリンクを混ぜたような味ですごい不思議な感じがしました。

その後酒を飲んでからはピンボールを遊び、店を出て別のゲーセンで麻雀をして1日目を終えました。

一日目終了

さて、そんなわけで一日目が終了したわけなのですが、実は旅の目的がこの一日目でほとんどすんでしまったんですよね。

で、二日目どうしようかなーと思って私はこの10年を振り返るとともにはじめて東京へ来た時の事を考えていました。

そして私は再び天高く上ることを決意しました。

part5へ続く。

*1:KKM*:韓国出身のプロ音ゲーマー。「TAITO STATION Tradz」所属。ⅡDXの現役プロプレイヤーの中では屈指の腕前を誇り「破壊神」の異名を持つ。

ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part3

前回↓

 

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前回のあらすじ

7年ぶりの聖地巡礼ということで新宿御苑を訪れたpiraは、道中初めて来たときの事を思い出し感極まっていた。

その一方須賀神社ではかつての記憶は無く、新鮮な気持ちで散策を行った。

10年経ったとはいえ未だに人気は高く、沢山の絵馬や鬼滅の刃のヒット祈願絵馬を眺め神社を後にした。

パンケーキ

新宿御苑と須賀神社を巡った後で私は新宿駅周辺に戻り、パンケーキを食べることにしました。

都内でパンケーキを食べること自体はこれが初めてなのですが、7年前の新宿攻略の時にも「パンケーキ食べたいな~」と思ったりしたので7年越しに実現したと言った感じになりました。

パンケーキが来るまでは少し暇だったのでちょうどこの頃超かぐや姫!の小説版を読んでいたのでワクワクしたり、現在の物価でなら「君の名は。」の「このパンケーキ代で俺一か月は暮らせる・・・!」があり得るのかと思ったら実際あれは高校生の使う小遣いの範囲を余裕で越えてると思ったりなんかして待っていると

やってきたパンケーキを見て「想像よりもデカい・・・」と感じつつコーヒーも想像の1.3倍ぐらいありびっくりしましたね。

ゲーマーズ秋葉原へ

パンケーキを食べた後は少し時間に余裕があると感じたので秋葉原へと向かいました。

part1で入手できなかったポップンのグッズを買うためにまず秋葉原ゲーマーズへ向かいました。

実際運よくあれば買おうかなーと思って向かったら欲しかったトートバックが売っていて「あるー!」とちょっと声が出てしまいました。

そしてトートバックを無事入手しアクリルスタンドやクリアファイルなどを購入しハンディクリーナーももちろん手に入れ残っていたのが嬉しくて店員さんには思わず「ありがとうございます!」と感謝の言葉を述べました。

その後、秋葉原へ来た時から「なーにがAutumn Leaf Ground Faceじゃ」などとX(旧Twitter)でほざいたりしつつ以前から行きたかった目の前にそびえ立つシルクハット秋葉原へと向かいました。

ここはかつてGiGO秋葉原1号館だったところが昨年11月にシルクハット秋葉原としてオープンし、オープン当初にはコナミアーケードゲーム社長であるDJ YOSHITAKAこと西村宜隆氏が花を贈呈したり、BEMANIコンポーザーが動画を投稿したりするなど音ゲーマーに寄り添った店舗な印象が自分にはあります。(もちろんBPLにも参加している)

そしてこのシルクハット秋葉原には8階にBEMANI STUDIOなるエリアがありまして、

そこではⅡDXを始めとするBEMANI機種各種のプレイや配信が行える他BEMANI神社なるものがあり、そこではおみくじを引くことができまして

運が良ければ西村社長のライブ映像が流れることもあるとか・・・

というわけで1回だけ引いてみた結果は中吉でした。

機会があれば社長が出るまで何度でも引いたりとかしてみたいですね。

その後はⅡDXでせっかくなのでシルクハットテーマ曲である「Hat Suprise」をやったりして秋葉原を後にしました。

VS.スーパーマリオブラザーズ

そしてシルクハット秋葉原を後にして夕食を食べるために新宿へ向かう際駅のホームにマリオのゲームの筐体があることに気づきました。

これは昨年の4月に駅のホームに稼働した筐体で、なんとプレイするだけで秋葉原周辺の活性化施策のために寄付されるという試みだそうです。

そして隣にはドンキーコングのAC版が動いており、奥の方ではインベーダーがあるそうです。

せっかくなので今回はマリオで遊ばせていただき、自分の名前も残してきました。

実際観光目的で秋葉原に来た際、こう言ったゲームで遊ぶとともに名を残していくのもありかなと思ったので今後もちょこちょこ触っていこうかなと思いました。

 

part4へ続く。

ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part2

前回↓

 

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前回のあらすじ

「君の名は。」公開から10年ということで7年ぶりの聖地巡礼ということで一足早い夏休みとして東京へ旅立ったpiraは、まず初めにpop'n musicのポップアップショップを訪れるため池袋へと向かった。

お目当ての品を得ることはできなかったものの、超かぐや姫!を眺めいよいよ新宿御苑へと向かうのであった。

新宿御苑へ

昼食を食べ新宿御苑へと向かうために千駄ヶ谷駅に降りました。

ちょうど行きの新幹線で君の名は。を見ていたこともあったのか千駄ヶ谷駅周辺を訪れた際にちょっと興奮しましたね。

そしてそのまま新宿御苑を目指して歩いていくわけなのですが、歩けば歩くほど7年前の記憶が蘇ってきて、見覚えのある景色に目が潤んでいました。

そうして門を入りまずは日本庭園を目指していきます。

庭園に入り東屋を訪れると、この日は平日の昼なのか思ったよりも人がいませんでした。

なのでゆっくり写真を撮りつつ音楽を聴いたりなんかして休み、少し歩いて行って旧御涼亭へと向かっていきました。

旧御涼亭自体は7年前に行っているんですけれど外から眺めた時にこんなに高さあったっけと思ったりして人も多く、少しばかり自撮りをしたりなんかして満喫していました。

その後は前回温室を訪れた際には見なかった薔薇を見たり、6月の頭ということもあり紫陽花を眺めたりしつつ歩いていると苑内にスターバックスがあることを知りました。

実は御苑にスタバができたのは2020年の3月ということでちょうどコロナの真っ只中だったわけなんですね。私が初めて行った時にはまだ無かったわけです。

そして苑内をゆっくりと散策していき、母と子の森に辿り着き、そこには蜂などの昆虫といった数多くの野生動物と出会える自然観察区域だそうなのですがこの時は時間が無く訪れることはできませんでした。

そして新宿御苑を後にして電車で須賀神社へと向かいました。

須賀神社へ

そんなわけで7年前と同様に新宿御苑から須賀神社へと歩いていくわけなのですが

歩いていて記憶が全然ないんですよね。

須賀神社に辿り着いても「来たことあったっけ?」ってぐらい新鮮な気持ちでしたね。

本殿には鬼滅の刃のヒット祈願の絵馬が飾られており、君の名は。の聖地に約10年後に鬼滅の刃の絵馬が飾られるというのはエモいな~と思ってしまいますね。

そして沢山の絵馬を見ていると東京のイケメン男子に生まれ変わりたい奴多過ぎだろと思ったり自分と同じように君の名は。公開10周年を祝って海外の方が絵馬を奉納したりなど未だに君の名は。の人気を伺えましたし、階段の前で写真や動画を撮っていた人も多かったですね。

そしてこの日は須賀神社でどうやらお祭りが開かれたそうで、周辺では神輿の準備が行われたり境内では屋台の準備が行われたりしていました。

そして神社をゆっくりと散策し、7年前と同じように「なんでもないや」を聴きながら堪能し1日目の聖地巡礼を終え自分は新宿駅へと向かいました。

part3へ続く。

ぴらのなつやすみ~十年懐古録~part1

piraです。

ついにCS版のポップンを入手し、家庭用の環境を手に入れ水を得た魚のようにポップンばかりやっていたせいで大変長らくお待たせして申し訳ないです。

改めまして6月の頭に再び新海誠の聖地を訪れたわけで、今回からぴらのなつやすみ~十年懐古録~の投稿を始めさせていただきたいと思います。

よろしくお願いします。

旅の始まり

さて、今回の旅の始まりはロードマップでも何度か言っていますが

今年は映画「君の名は。」が公開されて10周年ということで、聖地を訪れることをテーマとしました。

そしてそれとともに自分の中で懐古をテーマに思い出を懐かしむ旅とし、懐かしみつつ現在の東京の姿も見つめるということを目的としました。

そして、当初の予定では8月に行こうと思ったのですが、各種予定の調整をし、

結果的に6月と大幅に早まり、一足早い夏休みとなってしまいました。

1日目

1日目、この日は寝たり起きたりを繰り返しながら起床。確かみそきんを食べてから出発しようとした矢先に衣類を忘れそうになる失態を起こし出だしから不安があったのですが「何かが足りない」と家の中で気付き忘れることなく出ることができました。

これが後戻りできない状態だったらと考えるとすぐ気づけてよかったです。

そして行きの新幹線の中で「君の名は。」を5年ぶりぐらいに見ました。

台詞を覚えるぐらいには見ているので、もう何度目かってぐらいなんですけれど

自分の中でここの時間軸こうだったっけとか思い返しながら見ていましたね。

それにしてもいつ見ても君の名はって良くて思わず涙が出てきそうになりながら無事東京に到着しました。

池袋へ

そして私はまず初めに池袋のアニメイトへと向かいました。

さて、「何故いきなり聖地巡礼ではなく池袋へ?」と思ったかもしれませんが

実はこの時池袋のアニメイトと秋葉原のゲーマーズにてpop'n musicのポップアップショップをやっていまして。

どうせ行けるのならばということでお目当てのグッズが無いかと探しに行ったわけです。

でまあ会期も終わりに近づいていたこともあり、お目当ての品はここでは見つからず買わずにいたのですが、それだけで帰るのも勿体ないので上の階で超かぐや姫!の展示を見て帰りました。

その後はサンシャインシティを少し見て回り、軽く音ゲーをし壱角家へと向かいました。

なんだか家系ラーメンが食べたいなーと思ったのでこれが初めての壱角家だったわけなのですが、食券を購入する際にウルトラマンコラボをしていたせいで思わず笑ってしまいました。

そんなわけでポップンのグッズを探しに池袋を訪れるも収穫は得られず、昼食を食ってから聖地巡礼を始めることにしました。

part2へ続く。