1
piraからの質問に対して外星人は戸惑いの表情を見せていたかのようなしゃべり方へと変わった。
piraに語り掛けている外星人の隣でもう一人の外星人が語り掛ける。
「どうします?piraさん気付いているみたいですよ?」外星人はpiraの様子を見て何やら異変を感じていたようだった。
実際少し前にpiraが見せた原稿用紙をカメラへ向けて投げる様は明らかに怒りを見せている。
おそらく気付いていても仕方がない。実際、机の上に握り潰されたドクター・ペッパーがそれを物語っている。しかし……
「いいや、このまま続ける。しばらく私に話させろ。」そう言って外星人はpiraに再び話しかけた。
「私が外星人ではない……と?」外星人は語った。
「そうだ。これは外星人によるものではない。私の担当スタッフが仕掛けたどっきりだ。全く手の込んだことをしやがって。」
「私はこれと似たような状況を何度も見てきた。まさか今年もこうなるとはな……」そしてpiraの怒りはだんだんと膨れ上がっていく。
そしてその怒りの様子をモニターから見ていた外星人はアドバイスをする。
「もう無理ですよ。このまま怒り続けたら我々の生活が危ういですよ。」
そのアドバイスを耳にし、外星人はその正体を現すことにした。
「フフフ……ああ、そうだよpira!私は外星人ではない。」
「そしてこの状況も私たちが作らせていただいた!今年も意見が聞きたくてね。」
そしてその時、今までずっとだみ声のような音声合成だった天井からの声が、すっきりとした音声へと変わった。
やはり外星人などいない。これは一つのどっきりだった。
piraは3本目のドクター・ペッパーを飲みながら怒りとともに反論をし始める。
「おそらく君たちは今年も例の件についての意見が聞きたいのだろう。だとしたらやめたほうがいい。何故ならやっても無駄だからだ。」
「何故そう思うのかね。」スタッフは尋ねる。
「まずはこの状況が今年で何年目かをよーく考えてほしい。」
「えーと、確か最初にpiraがこの状況について言及したのが2019年だから……3年前かな?」
「そうだ。確かに3年前初めて私はこの夏の終わりに疑問を投げかけた。」piraは真面目な表情で答える。
「しかし、あれから3年経って世界はどうなった?相変わらず変化があったとは思えないじゃないか。」
「確かに言われてみれば、毎年毎年足踏み状態。そして今年も夏に同じことを繰り返している。これで社会が良くなったとは一概には言えないな、pira。」
「そしてこのブログやスペースの意見を聞いて共感してくれる人もいない。これではやっても意味が無い。そう言いたいのだな?pira。」スタッフは答える。
「そうだ。だから私は去年、全てを諦めた。ブログを書いても無駄だと思った。」
「そして、以前からやってみたいと思っていたラジオ配信(スペース)にて夏の終わりのこの状況についてみんなに意見を呼びかけた。しかし誰も来なかった。」
「私の力じゃ、世界なんて変えられない……」piraは俯きながら悲しげに呟く。
「だいたいフォロワー3000人いるのにスペースの参加者が0人の時点で俺がこうやって意見を書いたところで全部無駄なんだよ……なのに……」
「それは……気の毒だなpira。」スタッフは慰めるように言う。
「気の毒だ。じゃないんだよ……いくらフォロワーがいようと、私の影響力はその程度ということなんだ……」
「そして、私はもう発達障害について考えることは少なくなった。」
「最近のツイートを見てほしい。私はほとんどゲームかギャンブルの話しかしていないだろう?」
「そうだな。確かに外から見ればお前はASDの人間には見えないようなツイートが多いな。」
「そして、私は今新たなステップへと向かっている。」
「新たなステップだと?それはどういうことだ?pira。」スタッフは質問する。
「最近の動きを見てわからないのか?私は世界との繋がりを求めている。」
「かっこつけて言うようになるけれど、私は愛を求めている。」piraは素直な表情で答えた。
「それは、地球を救うようなでかい愛なんかではない。私自身が、社会と共に生きるために求める愛だ。」
「いうならば俺は、ふつうに生きようとそう決意したのだ。」
「ははは!」スタッフは笑った。そして私に問い詰めるよう次の言葉を語った。
「pira、そんなに人間が好きになったのか。」
「どうだろうな……だが、私はもう障害者の枠に留まっているだけの人間ではない。そう思いつつはある。」
「自分はおそらく障害者とそうではないもの、その狭間で生きているのかもしれないな。だからこそ、双方の見え方というものを感じている。」
「なるほど……」スタッフはじっくりと考える。そして次のように答えた。
「それが君の今年の答えだというのだな。pira。しかと受け取るとしよう。」
「ということは……」piraは少し考えこむ。
「ああ、pira。君を元の世界に戻してあげよう。」
「ありがとう。だが一つだけ言わせてくれ。もう二度とこのような真似はするなよ。」
「これからは語りたいと思った時にだけ話させてほしい。まあ、今後できるだけこのようなことが無ければいいのだけれどな。」私は忠告した。
「それは本当にすまなかった。来年からはこうしたことが無いよう、心してとりかかりたい。」
「来年……?馬鹿を言うな。もうこれから先こうしたことが無いようにしていかなきゃいけないんだよ。そうじゃないから世界は変わらないんだろ?」私は強く説得する。
毎年毎年同じようなことの繰り返しだからこそイライラしている。夏の終わりは6年目の今年、これで最後にしたい。piraの発言にはそうした思いが強くこもっていた。
「じゃあ、帰ろうか。元の世界へ。」
「ああ。少しの間、目を瞑っていたまえ……そう、そのままだ……」スタッフがそういうと、piraにアイマスクを被せる。
そして私はゆっくりと眠りへと着いたところで。車に乗せ、帰っていった。
2
私は、だんだんと夢の世界へと落ちていった。
私の夢枕に現れたのは、私を支えてくださったりした大勢の関係者だった。
「どうしたんだ。弱そうな態度をして。俺たちがついているじゃないか。」
そうだ。自分の事を分かってくれる人たちはこんなにもいる。私はそのことを忘れそうになっていた。
「ああ、みんな……」
自分にはこんなにも支えてくれる人がいる。そしてそうした人達のおかげでこの辛い世界と向き合えるのだ。
しかし、そうした幸せはほんの一部のものにしか訪れない。
この世界にはまだまだ多くの課題が沢山ある。だからこそ私たちは毎年夏の終わりに色々と問題を整理するのだろう。
今後何十年経とうとも様々な著名人やアイドルが愛で地球を救おうとする。
そしてそれに対して反論を唱える者も現れる。
しかし、それでも世界は変わりはしない。ましてや私のようなちっぽけな力では猶更だ。
けれども、世界は醜くはあるが誰一人取り残そうとはしない。私がこうして生きていられるのも辛く苦しいこともある世界を、そしてそこに暮らす人間を愛しているからだ。
外星人を装った私のスタッフが最後に言った一言を思い出す――
そんなに人間が好きになったのか。
ああ、確かに私は人間の事が好きになったのかもしれない。
私は以前から人と関わることが正直苦手だった。だからこそ邪魔はされたくなかった。
私は一人でいたかったのだ。そうすれば誰とも相手をすることは無い。
しかし、孤独というのは結果的に寂しい。
自分の人生を誰にも左右されずに生きるのは結果的にむなしさだけが残るだけだった。
やはり、一人より二人、二人より沢山。人間というものは多いほど生活が豊かになる。
だからこそ人の存在を望むようになったのだ。
そして今、私は一人の人間として生活をしていくのだと思う。
もちろん発達障害というものは死ぬまで向き合っていくものなのだが、おそらくこれからの人生、発達障害とはなるべく距離を置いて生活をしていくのだろう。
何故なら自分の人生は自分だけのものだし、問題を自己解決していく力は身についていったからだ。
おそらく私は辛い思いをしている発達障害者とはもう程遠い存在へと、なりつつある。
そしてもう同じ発達障害を持つ人たちの事は忘れていくであろう。
「さようなら。すべての発達障害者――」私は心の中で静かに思いを述べた。
そして私の意識は次第に闇の中へと沈んでいき、私はゆっくりと深い眠りへ落ちていった……
3
ひぐらしが儚く鳴き始め、赤とんぼが姿を現すようになった夕暮れ時。
夕焼け空がだんだんと闇の訪れを感じさせるようになり、それと同時に寒さを与え始めるような予感を感じさせる天気である。
今日は八月二十八日――八月も第四週となり、暑さは残るものの、少しずつ酷暑から遠ざかっていくのを感じるこの頃。
一人の少女が散歩がてらに河川敷を歩いていた。
「あ、誰か倒れている。」少女は数メートル先に黒い人影を確認した。
少女が近付いてみると、その少女はすぐさま驚きを見せた。
「あ、この姿。もしかしてpiraさん!?」
「まったく、最近姿も見せずに今までどこをふらついていたんだが。どうせまたパチンコなんでしょ?」
piraと言われたその男は、ここ数か月姿をくらましていた男であった。
この少女は、彼と関係を持っていることもあって最近行方が知れないpiraの心配を案じ、夏の始まる七月ごろに警察へ捜査届を出していたのであった。
しかしながら警察の捜査の努力も報われず、piraは失踪の末消息を絶ったかのように思われていた。
少女は驚きと共に、piraの元へ近づく。
「piraさん……起きて、しっかりして。」少女は肩を強くゆすった。
しかし、piraは動きはしない。
「そうだよね。ここ最近は忙しかったみたいだし……死んでいても仕方はないよね。」
少女が彼のそばを離れ、諦めかけたその時だった。
「うーん……」男は目を覚ました。
「あれ?私は何故こんなところで寝ていたんだ……」
「確か外星人に拉致されて……そのあとのことはあまり覚えていないような。」
piraは寝ぼけた表情で語る。しかし、ここ数か月間piraの身に起きた出来事をほとんど覚えてはいなかった。
それは長いようで短い旅のようであった。まるでこの世とは異なる世界にいたような。
それこそ外星人に拉致されていただなんて言ったところで信用してはもらえないだろう。
「あ、やっと目が醒めたのね。piraさんおかえりなさい。」
少女がpiraに挨拶する。そして気づく。ああ、自分は戻ってきたのだということに。
そして今、夏が終わりいつもの変わらない日常がやってくるのだろう。
夏が始まり、そして終わる。それこそが風物詩なのかもしれない。
風物詩が沢山あるからこそ夏という季節は四季の中でも一番の盛り上がりを見せる季節なのだろう。
しかし、マイノリティや外星人といった自分以外の存在というものは結局みんな忘れてしまう。
そうして日本社会は成り立っている。
けれども、それで困るものがいようと自分の人生に影響があるかと言われればそうではない。
今はこれからの自分の身に何が起こるかを考えていこう。
さて、これからいつもの日常が帰ってくる。
ここに戻るまでに色々と待たせてしまった気がする。
そう思いつつ私は空に向けて、未来に向けてつぶやいた。
「ただいま。」
シン・夏の終わり 終劇