シン・夏の終わり 第参話

 

私がこの部屋に拉致されて、一夜が明けた。

ゆっくり一睡したとはいうものの、ここへ来るまでに生じた腹部への謎の激しい痛みは完治することは無く、仕事の疲れと合わさって身体への疲労は未だ溜まった状態であった。

「おはようpira、朝食の用意はできているぞ。」目を醒ましたほんの数秒、外星人が天井から朝の挨拶を伝えてきた。

テーブルにはすでに朝食が用意されていた。

ふりかけご飯が一杯――昨夜のカツ丼に比べたら一食としては味気が無い。

当然ふりかけご飯一杯では腹が満たず、昨夜からの疲れは完全には回復しなかった。

朝食を食べ、私は昨夜用意された封筒を開ける。

そこには500字詰めの原稿用紙が複数枚、そして1枚の手紙が入っていた。

私は手紙に目を通した。

「改めてご機嫌ようpira。この手紙を読んでいるということは今頃外星人に拉致されて、一室に閉じ込められている頃だろう。外星人の一人としてこの場を借りて謝罪させてもらう。実は以下の課題について君が思っていることを聞きたいからだ。」

その文章の下には以下の課題文が書かれていた。

「夏の風物詩についてあなたが思うことを用意された原稿用紙に論ぜよ。」まるで小論文の問題のようだ。なるほど、それでここに原稿用紙があるわけか。

とはいえいくらなんでも課題を出すにしては導入に力が入りすぎている。国語の小論文の問題1問出すにしてもここまで手の込んだことしなくてもいいのに……

それにしても夏の風物詩か……今は6月。もうすぐ夏がやってくるといった頃合いだ。

それにしても今年の6月はとにかく暑すぎる。梅雨なんて無かったのかのようにあっという間に梅雨が明け、酷暑が襲い掛かる。

夏の始まりが差し迫ったこの頃、これからどんどん気温が高くなってくると考えると憂鬱な気分になりかねない。これほど熱いのならば余計熱中症には気を付けなければならない。今年の夏は大変な年になりそうだ。

改めて問題文を読み直す。夏の風物詩……風物詩……

私は思いつく限り考える。

夏祭り、海水浴、スイカ割り、肝試し、昆虫採集……考えるほど色々とアイデアが思い浮かんでくる……

とは言うものの「あなたが思うことを論ぜよ」という問いに結びつくような答えが得られるものは思い浮かばなかった。

正直なところ、私はこうした夏の風物詩に対して純粋に楽しめる年頃ではなくなっていたからだ。私も今年で28歳。彼女もおらずこうした夏のイベントとは無縁な日々を送っている。

ましてや海なんて家族と行ったきり数年近く行ってはいない。私にとって海と言われればパチンコの海物語の方が連想されるぐらいだ。

そして夏祭り。私はお祭りが大好きだが、昨今のコロナ情勢による自粛でお祭りは楽しめなくなってしまった。

今年は以前に比べてコロナも落ち着きを見せたのかお祭りが開かれる場所もあるみたいで、新潟では長岡花火が3年ぶりに開催されるそうだ。(もちろん入場規制をかけたりはするみたいだが。)

肝試しやラジオ体操、昆虫採集に関しても子供の夏の行事と私は勝手に認識しているし、それについて自分がどう思うかを論じたところで大した答えなんかは生まれない。

だから夏の風物詩についてあなたが思うことを論ぜよなどと私に聞いても「興味がないからなんなんだ。」としか答えられない。

それでもこの課題をやらなければこの部屋から脱出することはできない。私は真剣な表情で課題に向き合うことにした。

しかし、私が課題に取り掛かってから数時間。

私は一つの文章がきっかけでこの問題の本当の問いに気づくことになった。

「そうか……そういうことだったのか……」私は震えていた。

「だとすればここに来るまでの経緯全てに納得ができる。相変わらず手の込んだことをしてくれたものだ。」どうしようもなく我慢ができない苛立ちが込み上げてくる。

そして私はこれまで夏の風物詩について真剣に書いていた原稿用紙を丸め、怒りを込めて地面へと投げつけた。

そして私はもう一度文面を見つめなおした。そこにはこう書かれていた。

――P.S. 冷蔵庫の中には箱買いしたドクター・ペッパーが入っている。必要に応じて飲んでもよい。――

そして冷蔵庫を開けるとドクター・ペッパーがぎっしりと詰まっていた。

そして私は怒りとともに、これと似た状況を振り返る。

「今年もこの季節が来たというのだな……」私はそう呟き、物思いにふける。

「6度目の夏の終わり……か。」

piraが封筒に目を通した頃、外星人達はモニタールームからpiraの様子をうかがっていた。

piraの部屋の様子はこのモニタールームから常に監視されている。いつ何が起ころうとお見通しなのだ。

「どうだ、piraの様子は。」

「そうだな……ようやく課題に取り掛かったといったところか。」

モニター越しにpiraを見つめると原稿用紙とにらめっこしながら真剣に取り組んでいる姿が見られた。

しかし数分後、それまで真剣に課題に取り組んでいた真面目な印象とは裏腹に、激しい苛立ちを見せるような姿がモニターに映された。

「見てください!piraの様子が変です!」別の外星人が慌てながら伝える。

「どういうことだ。」急いでモニターに目を向けると、何やら激しくペンを机に叩きつけ、原稿用紙を丸めては投げ捨てるpiraの様子が映し出されていた。

「そうか。」外星人は小声で呟いた。

「構わない。このまま様子を見続けよう。」

「いいんですか?このままで。」隣にいた別の外星人が問う。

「ああ。」

そして外星人は静かに悟った。

「どうやら我々の正体に気づいたようだなpira。」

「さあ、今の君の答えを聞かせてもらおうか。我々外星人と手を組むのかそれとも人間に味方するのか。さあどっちだ。」

 

つづく。

 

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